三田典玄の「体育館の裏話」 Ver.2

一方で、日経新聞電子版が有料化する、というお知らせもあった。
米国ではiPadでAP通信が配信する、という。
このところ、新聞の世界も様変わりの最中らしい。
不況とインターネットのインパクトはやはりコミュ二ケーションの世界を大変革した。
1993年、といえばもう17年前になるが、NTTが128kbpsの「OCNエコノミー」を始めた。たしか月額\28,000-でインターネット接続の常時接続環境として、当時はかなり安かった。あとでこの価格もより低くなった。庶民の手にやっと届いた、本当のインターネット常時接続サービスだった。
その日から新聞をとるのをやめた。新聞屋が来ると、「うちはインターネットで間に合ってます」で、帰ってもらった。
「そういう時代が来るよ」とぼくは言っていたが、まさにそのとおりになってきたのは、あたりまえだ。なにも私が言うまでもない。そうなるのは誰の目にも見えていた。
主要なニュースはネットで足りる。面白いニュースもネットのほうが多い。さらに「速報」となれば、記事がサイトに載るまでの時間も、その情報を取りに行く時間も短いネットに軍配が上がる。もっとも、テレビがライブを行えば、画質とか速報性はテレビがいいこともある。ただし「こともある」だけだ。そして、それにかけるコストはやはり高い。
情報を取得するためのコストとパフォーマンスのバランスにおいて、やはり軍配が上がるのはネットであることは言うまでもない。「良いもの」が買われるのではなく「値ごろ感のあるもの」が買われるのだ。そこのところを、古いマスコミの中の方々はいつも勘違いしているように思う。というか、自分の既得権を守ることに注意が向けられているため、自分のやっていることが客観的に見られないのだろう。
ニュースを見る側はニュース取得のための「コスト」を一番重要視している。
しかし、作る側はコスト意識が薄い。というよりも、それは見ないようにしている。しかし、それを直視しなければならない時代に入ったことは明白だ。
ワシントン・ポストなどの電子版は、毎月2千円くらい。流通コストがかからない商品なのだから、消費者は当然紙の媒体よりもネット経由で読めるオンライン版のほうが安くなる、と、当然思っている。だから、「そうしなければ」売れない。
日本でもやがて参議院選挙があり、ニュースの必要はいやがおうにも高まる。そおとき、いかに売るか、が、ニュース屋の勝負どころだ。
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