三田典玄の「体育館の裏話」 Ver.2

しかし、ネトウヨとネトサヨは、たしかにネット上にいるものの、そのほとんどが表に出てこないし、匿名も多すぎるから、どれがどれだかまったくわからない。
ネトウヨはほとんど社会の動きに影響を与えない、ということがよくわかっているが、ネトウヨだけではなく、ネトサヨもその傾向がある。ただし、ネトサヨの場合は自分が「左翼である」と言うことは稀で、むしろ「ネトウヨ」がいて、そのネトウヨに「サヨク呼ばわり」されるのがネトサヨ、という存在であることが多いので、「ネトサヨ」ってのは、あくまでも「ネオウヨ」がそう言うからそう見えるだけ、とも言える。
ネトウヨは「中国とか共産圏諸国を利する」存在を「ネトサヨ」と呼ぶのだが、呼ばれたほうのネトサヨは、サヨクであろうがウヨクであろうが、そんなことはどうでもいい、ということが多い。
たとえば、日本国内にある米軍基地関連の話題、というのはけっこう微妙だ。ネトウヨの主な主張は「非共産主義の砦を守る」ために米軍基地は日本に必要、というのが論拠なのだが、日本の国としての独立を脅かす米軍基地は反対、という感じの人もいたりする。一方、サヨクはそうではなくて、もともと「反軍」として戦争そのものへの嫌悪が「米軍基地はいらない」という主張につながっていることが多い。
まぁ、どっちでもいいんだが、「共産主義」そのものが昔に比べれば変質している現代では、通り一遍の「資本主義」も「共産主義」も既に実際の社会には存在しない。なにせ資本主義は統制経済にしなければ、ダメになる、とか言われている一方で、共産主義国の資本主義化が進んでいて、要するにこの2つの「勢力」そのものがだんだんと存在しなくなってきている。
東西冷戦も終わった現代では、この2つが手をつなぎ、世界の経済を一体化させ、より効率のよい「儲ける仕組み」を、お互いが模索する、という時代になっている。中国だって、脅しはするがめったなことでは軍を出動できない。世界が中国製品を輸入しなくなれば、中国の「財」そのものが減ってしまう。一方、資本主義の国は中国をなんとか使って、自国の利益を図ることが流行しているから、中国を攻撃することもしない。
中国が共産主義の国であろうが、そうでなかろうが、そんなことを気にとめる経済人はいない。主義主張、思想などよりも、いまはお金が大切な世の中になったからだ。
これからの世の中は「共産主義」とか「資本主義」という対立軸ではなく、「中国をどう見るか」が対立軸になる、と言った人がいたが、要するにそういうことだ。
ひと時代前の思想を語るのに使ったコトバをいくら並べても、誰も見向きもしない。ネトウヨくんは、そういう意味で、時代遅れの歌をまだ歌っている老人のようなものだ。
東西冷戦は終わったのだ。
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